「出てこい」
牢ともいえる部屋の扉が久し振りに開き、入ってきた四人の竜人にサラリアは苦笑する。先頭の男の身分が高いのか後ろの二人は従っているように見えるが、人間相手に大袈裟なことには変わらない。
「オーレリウス・ウィンドスケイルです。ご同行ください」
前に立つ二人のうち、一人が胸に手を当てて頭を下げた。『ウィンドスケイル』の名には覚えがあった。貴族名鑑に載っていた当主の情報と年齢が合わない。息子が二人いるとあったから、そのどちらかだろうとサラリアは推測した。
「オーレリウス、罪人なんぞに頭を下げるな!」
「しかし陛下はまだ調査中と……「馬鹿なことを言うなっ!」……っ」
オーレリウスと名乗った騎士がもう一人に殴られ、ガッと鈍い音がした。
「この愚弟が! 俺に生意気なことを言うなっ!」
「……申しわけありません」
このやり取りで二人の関係がサラリアにはなんとなくわかった。弟のほうが一枚上手。それは姿形から分かる。兄は一人だけ重鎧を着ていた。他の三人は胸当てをつけているだけ。人族では三歳児の竜人にすら勝てない。人間なんかに重鎧は大袈裟だ。
「何を笑っている! 生意気だぞ!」
兄のほうがサラリアの頬を張ろうと手を振り上げたが、オーレリウスがサラリアと兄の間に入りサラリアを庇うように立ったため兄の手は弟の頬をはった。
「……ありがとう、ございます」
「いえ……」
「ふんっ! 誇り高い竜族のくせに兎族が番などという軟弱者が。まあ人族よりも大分マシではあるがな」
この兄は必要以上に情報を漏らすなとサラリアは呆れたが、また表情に出すとオーレリウスが叩かれる可能性があるから無表情を保った。
「人族なんかが竜王の番とは、おかしいと思ったのだ。どんな奇術を用いたのか分からないが、そんなことはどうでもいい。陛下に本当の番が現れたのだ。仲睦まじいお二人のこと、すぐに王竜様がお目見えする」
(……王竜?)
ドラコニスの歴史書には『竜王』を『王竜』が出てくる。サラリアは誤記かと思っていたが、兄のほうの口振りからして違うのかもしれない。そう思いながらサラリアは兄のほうを見た。
「ふん、何も知らないのだな。王竜様は竜王様とその番様からしか生まれない特別な御方。我々の最上位に君臨する神に等しい御方なのだ」
本当に何でも話すな……)
「貴様が謀らなければあのお二人はとうに……王竜様もすでに顕現されておられたはずなのに……その顔、ふん、何も知らないのだな」
また同じ台詞かと呆れたがサラリアは黙っていた。
「貴様が現れるまであの二人は恋人同士であったのだ。貴様が番でも陛下はシーラ様を側妃としてお迎えする予定だったらしいがな。シーラ様も王竜が生む番ならば仕方がないと側妃の立場で我慢するおつもりだったらしい。なんと健気な」
恋する男のように兄は陶然としているが、あの狂気じみた笑い方をするシーラを見たら失神しそうだとサラリアは思った。
◇
「陛下とシーラ様が揃ってお待ちです」
揃って待つ。サラリアはラーシュがサラリアを有罪と判断したと察した。そうなれば問題は竜王の番だと偽った罪がどれほどのものかということだ。
連行されるサラリアに周囲から軽蔑に満ちた視線が向けられたがサラリアは気にしなかった。慣れていることもあったが、何もしていないのだから後ろめたいことなどなかったからだ。
大きな扉が音を立てて開く音がしたが、サラリサにはウィンドスケイル公爵家の兄弟の背中しか見えなかった。
「お連れしました」
オーレリウスの声と同時に兄弟がそれぞれサラリアの左右に立つ。ようやく前が見えた。
数段高い位置に重厚な椅子が二つ並び、一つにはラーシュが、もう一つにはシーラが座っていた。その光景にサラリアは心が痛み、まだ割り切れていなかったのかと自分に笑った。
「シーラから香るのは我が番の匂い。人族は匂いがあまりなく、それゆえに間違えた……というのが我々の見解だ」
「そうですか」
「間違えた点は謝罪しよう。しかし、そなたがシーラに切りかかった罪は別だ」
「そうですね」
淡々としているサラリアにざわめいた。ラーシュは一瞬何か言いたげな顔をしたが、すぐに表情を整えて侍従に頷いて見せた。
(……腕輪)
台座に乗せて持ってきたのは女性用の装飾品にしては少し大きな腕輪。
「そなたをその転移の腕輪による国外追放とする。どこに飛ぶのかは本人にも分からない。シーラ、これで手打ちにするぞ」
「ラーシュ……」
(『兄様』がなくなった……)
親密さの増した二人。ラーシュがシーラを番として受け入れた証。サラリアの心がまた痛む。
「もう二度と俺が彼女と会うことはない。それでいいな」
「でも……」
不満げなシーラの様子。シーラは過去にラーシュと関係があったという理由で、嫉妬や不安だと見せかけているがサラリアには分かった。シーラが望むのはサラリアの死刑。
シーラはサラリアがラーシュの番だと分かっている。サラリアを殺さない限りそれが露呈する可能性があるのだ。
(死にたいわけではないし、死んでやる義理もないわ)
「竜王陛下のご温情に感謝いたします」
罪を認めるのは屈辱だが、ここは妥協するところだとサラリアは屈辱を飲み込む。声の震えも、ラーシュの姿が視界で滲むのも気の所為だとサラリアは自分に言い聞かせる。
黙って突き出された腕輪をサラリアは手に取ろうとした。どんなところに飛ばされるか分からない。そこで自分は一人で生きていかなければならない。
その不安と恐怖から思わずサラリアが竦んだとき背中に衝撃を感じた。気づいたときには目の前に石の床がありガツンッという強い音と共に顔が熱くなった。石の床に血が滴るのが見える。
「お二人のお目汚しだ! 早くしろ!」
ウィンドスケイル公爵家の兄の怒声に怒りが沸いた瞬間、それを凌駕する痛みにサラリアは襲われた。
「うっ……」
サラリアは呻き声をあげ、腹を抑えて丸まった。
「なっ……」
「医者を!」
オーレリウスの医者を呼ぶ声に、カツンッと床に何か硬いものが落ちる音が重なる。サラリアが見ると転移の腕輪が落ちていた。反射的にサラリアは手を伸ばし、腕輪を手に取る。
「往生際の悪い真似をっ!」
痛みによる生理的な涙で滲む視界の端で、騎士が履いている軍靴が動くのが見えた。
(蹴られる!)
反射的にサラリアは体を丸めて衝撃に備えたとき、サラリアは体がカッと熱くなるのを感じた。痛みが嘘のように引く。
「ぎゃあああああっ!」
突然消えた痛みに驚く間もなく、太い悲鳴が響き渡る。驚いて顔を向けるとあの兄が真っ白な炎で焼かれていた。
(な、なに?)
何が起きているのか分からず呆然としていると、火だるまの頭の上に大きな水球ができた。
「竜王様が水魔法を!」
大きな音をたてて火だるまの兄に水がかかったが、炎は消えるどころか『消させない』という意思でもあるように勢いが増した。血走った兄の目とサラリアの目が合う。
「こ、の……人族、がっ!」
呪詛のように呟いた兄の足もとがふらつき、サラリアの体に覆いかぶさるように倒れ込んできた。
「サラッ!」
焼かれる恐怖にサラリアはラーシュが自分の愛称を呼ぶ幻聴を聞いた気がした。
「……え?」
反射的に腕で防御していた姿のサラリアから風が吹き、風は倒れ込んでくる兄を押し戻したばかりか後方まで吹っ飛ばした。その勢いでなのか炎は消え、広間はシンッと静まりかえった。
「……なに、が?」
サラリアが呟くとまた腹部の痛みが強くなった。先ほどと比べものにならない痛み。
「ああぅ」
堪えきれなかった声が出る。一体何が起きているのか、何一つ分からない。混乱するサラリアの体が宙に浮いた。背中と膝の裏に誰かの腕の感触があり、床から抱き上げられたと理解した。
「大丈夫ですか?」
腕の主はオーレリウスだった。ラーシュかと思った自分をサラリアは恥じた。
「王竜の炎。やはり陛下の番はサラリア様だったのですね。番を間違えるなどおかしい、ウィンドスケイルの次男の戯言とサリンドラの皆様には笑い飛ばされましたが」
オーレリウスの言葉に周囲が騒めく。
「しかし前にも……」
「全くいつまでも前例、前例と……その前例とて真実はいまだ分かっておられないというのに」
状況の慌ただしい変化にサラリアは不安になり、思わずオーレリウスを見ると彼はサラリアを安心させるように笑った。
「どちらにせよ、サリンドラの皆様でもお分かりのはず。サラリア様のお腹の御子は王竜様。その波動を感じられるでしょう?」
オーレリウスがサラリアに目を戻す。
「竜王でさえ消えない炎は王竜様のもの。王竜様は母君を守ろうとなさったのでしょう」
「王竜って……」
「竜王の番からのみ生まれる特別な王です」
「それは先程聞い……痛っ」
ドコドコドコと叩かれるような腹部の痛みにサラリアの顔が歪んだ。
「胎動とは言えない強さで振動が伝わってくるのですが、大丈夫ですか?」
「痛いですが、おかげでいることは分か……痛痛痛っ」
腹部がキュウッと絞まるように痛み、サラリアは反射的に体を折る。痛みで応える点は歓迎できなかったが、まるで会話をしているようだとサラリアは思った。
「オーレリウス、サラを放せ」
低いラーシュの声、まとった怒気にサラリアの体は震え、サラリアは反射的にオーレリウスに隠れるように彼に身を寄せた。「火に油」と呆れて天を仰ぐオーレリウスの声はサラリアには聞こえなかった。
「オーレリウス!」
「陛下、落ち着いてください。サラリア様はいま……「名を気安く呼ぶな! サラを放せ!」……しかし……」
ビリビリと空気が震えはじめ、押しつぶすようなラーシュの威圧感にオーレリウスの表情が青くなるのが見えた。
「下ろしてください」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。竜王様は勘違いをなさっているだけですから」
「……え、勘違い?」
「ええ、勘違い」
じんわりと冷たさが滲む怒りにオーレリウスの背を冷たいものが駆けた。オーレリウスの最愛の妻も時折このように怒る。柔らかな表情のときのほうが要注意なのだ。
オーレリウスがサラリアを降ろすと、サラリアはその場に座り込んだ。体に力が入らず、石の床から伝わってくる冷気にサラリアは寒いと感じた。
「……ありがとう」
じわじわと体を温めてくれる腹部をサラリアは撫でる。
「優しいのね」
サラリアも馬鹿ではない。身に覚えはあるし、思い返せば塔にいる間は生理がなかった。サラリアは妊娠している。そしてその子はおそらく王竜。それはこの場にいる竜人たちの反応をみれば分かる。
(この子が竜王の番であることの証明……)
番はあくまでもその竜人のみが感じるもので、番だと証明する方法はない。だからラーシュがシーラを番だと言えばそれまで。誰も何も言えない。突然番になるなんてシーラにとって至極都合のいい状況がまかり通ったのもラーシュがシーラを番として受け入れたから。
(ラーシュはシーラ様と……)
そんなことを考えていると、俯いていた視界に大きな靴が映った。軍靴。先ほどの蹴られるという恐怖が蘇る。
「ひっ」
距離を取ろうと反射的に後ずさり、動いたせいで腹部に痛みが走りサラリアの顔が歪んだ。青い顔をしたラーシュの姿が痛みで滲む。
「近づかない……から」
サラリアは首を横に振って、また少し距離を取る。また腹部が痛んだ。
「待てっ!」
「っ!」
サラリアが震え、ラーシュは怯んだように動きを止める。
「大きな声を出してすまない……近づかないから、動かないほうがいい」
懐かしい、ラーシュの優しくて甘い声。サラリアの体が震える。ラーシュなんて大嫌いだと自分に言い聞かせてきたのに、揺れてしまう自分の弱い心をサラリアは嫌悪した。
「話を、しよう」
話をしよう。その不快な響きがサラリアの神経をザラリと逆撫でた。
「……話?」
「あ、ああ……」
「私なんか、と?」
怯んだラーシュにサラリアは胸がすく思いをした。話を聞いてほしい。そう訴えたし、何度も願った。そんな気持ちはサラリアの中からとうに消えた。
サラリアは倒れたままの兄のほうをみた。
鎧には煤がつき、気絶しているのか倒れて動かないものの呼吸音は聞こえる。大量出血しても元気だったシーラといい、竜族は丈夫だとサラリアは思った。
「ご安心くださいませ。この子は王竜ではありませんわ」
騒めく周囲にサラリアはこてっと首を傾げてみせる。
「なぜ驚くのですか? 竜王様は自分の番をシーラ様だと仰ったではありませんか」
サラリアがシーラを指さすと、衆人の視線を浴びてシーラの美しい顔が引き攣る。サラリアは胸がすく思いがした。『ね?』と言うようにサラリアはラーシュを見た。
怯むラーシュに怯えるシーラ。サラリアはこの状況がだんだんと面白くなってきた。
「番でない人族など竜王様には価値がない」
サラリアは手に持っていた転移の腕輪をぎゅっと握る。その動作がラーシュの気を引き、サラリアの手の中にある転移の腕輪に気づいてラーシュは顔を青くする。
「サラッ」
「近づかないで」
動こうとしたラーシュを、サラリアは腕輪を見せつけて止める。
「……分かった。ここから動かないから、頼むから……サラ、俺は……」
「『俺は』?」
サラリアは鼻で笑う。
「何です? 謀られた被害者? そうかもしれませんね。でも、それがどうしました? それについては加害者と被害者で話をしてくださいませ。私としては……だから、なに?」
サラリアは肩を竦める。
「仕方がなかった? それで何もなかったことになるのですか?」
ラーシュが首を横に振る。
「あなたを愛していました。きっと、まだ愛してるでしょう。だって私はあなたを番だから愛したわけではありませんもの。だって私には番なんて分からない。だからただラーシュ・ドラコニスという人を愛したのです」
――― 番に会えることは奇跡なんだ。
「あなたに会えたこと。あなたの目に映ったこと。あなたを愛するチャンスが得れたこと。番と勘違いされてよかったと思っていますわ。でも……あなたにも『私』を愛してほしかった」
サラリアは腹部に手をあてた。
「あなたが父親であることを否定はしませんが、二度と会わないと決めたのはあなたです。私もそれに従うと言いました。だから、さようなら―――ざまあみろ」
サラリアは腕輪をはめた。
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