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10月31日は「ガスの記念日」|横浜・馬車道のガス灯と日本の都市ガスの歴史

6.今日は何の日
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今日は何の日? ―― 10月31日は「ガスの記念日」

ガスの記念日

1872年10月31日(旧暦 9月29日)、横浜・馬車道などにガス灯がともされ、日本初の都市ガス事業が始まったことに由来。

日本ガス協会が1972年に制定。

石油が採れない日本で、どうやってガスが始まった?

日本では石油も天然ガスもほとんど採れないのに、なぜガス会社が成立したのか。

それは、日本では石炭が産出されていたため、石炭を原料にガスを製造できたから。

日本のガスは天然ガスから始まったわけではない

いま「ガス」と聞くと、「天然ガス」や「LNG(液化天然ガス)」をイメージするが、これは比較的新しい時代の話。

日本のガス事業は天然ガス田の開発ではなく、石炭を加工して燃料ガスを製造する技術から始まった。

横浜でガス事業を始めたのは、実業家の高島嘉右衛門とフランス人技師アンリ・プレグラン。

1872年に横浜瓦斯会社が設立され、石炭を原料としたガスが供給された。

どうやって石炭からガスを作るの?

石炭を空気がほとんど入らない状態で高温に加熱すると、水素やメタン、一酸化炭素などを含む可燃性のガスが発生する。

この方法を「乾留(かんりゅう)」といい、得られた石炭ガスは都市ガスの原料として利用された。

戦後になると、石炭より扱いやすい石油からガスを作るようになった(重油やナフサなどを熱分解して製造)。

1969年にはアラスカからLNG(液化天然ガス)の輸入が始まり、都市ガスの原料は石炭や石油から天然ガスへと徐々に転換していった。

実は日本にも天然ガスはある

「日本は天然ガスが全く採れない」と思われがちだが、新潟県や千葉県などで天然ガスが産出されている。

実際に、国内産の天然ガスは1962年から東京の都市ガス原料として導入されていた。

しかし、国内の生産量だけでは需要をまかなえないため、天然ガスの大部分を海外から輸入している。

参考第1部 第1章 第4節 1970・80年頃~ │ 平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018) HTML版 │ 資源エネルギー庁

ガスはもともと照明用だった

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日本の都市ガス事業は、調理用のガスコンロではなく、街を照らす「ガス灯」から始まった。

1872年、横浜・馬車道などにともされたガス灯は、文明開化を象徴する新しい照明だった。

当時は石炭から作ったガスをガスタンクに貯蔵し、地下に埋めたガス管を通して街灯へ送っていた。

ガス灯の先端にある小さなノズルからガスを出し、火をつけることで周囲を照らしていたのだ。

夕方になるとガス灯夫(点灯夫)が街を歩いて回って一本ずつ火をつけ、朝になると消して回る――文明開化の東京や横浜では有名な仕事だった。

初期のガス灯は炎そのものを光源としていたため、後に登場したガスマントル式のガス灯ほど明るくはなかった。

しかし、1886年にオーストリアのウェルスバッハが「ガスマントル」を発明したことで、ガス灯の明るさは大きく向上する。

ガスマントルとは、特殊な金属化合物を含ませた繊維状の材料を焼成して作る発光体。

ガスの炎で熱すると、マントルが高温になって白く明るい光を放つ。

つまり、炎そのものの明るさではなく、炎で熱せられたマントルの発光を利用している。

この技術によって、ガス灯は従来よりも明るい照明になった。

現在でも、一部のアウトドア用ガスランタンにはガスマントルが使われている。

明治時代の石炭ガス灯とは燃料や構造が異なるものの、炎の熱でマントルを発光させる仕組みを身近に知ることができる。

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